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印刷文化論 学年末レポート
担当教官;山下 浩
ユニバーサル絵本の試み
―視覚障害児への特殊教育から誰もが楽しめる絵本へ―
芸術専門学群2年
200312063 細江 知紗都
1.はじめに
絵本は子どもの教育に欠かせないものである。子どもは絵本から多くのことを学ぶ。
絵本は、紙に描かれた絵を追いながら、物語を読み進めていくものであることが多い。実際に、文章は極力省き、視覚に大部分を頼った絵本も数多くみられる。では、全盲の子どもなど、視覚に障害を持った子どもは、どのように絵本を楽しんでいるのだろうか。
ここでは、実際にある視覚障害児向けの絵本をいくつかのグループに分けて分析しながら、特殊絵本となってしまっている視覚障害者に優しい絵本を、一般の子どもにも身近にある絵本へ移行させるための提案を行う。
 
2.視覚障害児向けの絵本の種類
(1)てんやく 絵本
大坂の「てんやくふれあい文庫」のメンバーが、代表の岩田美津子さんとともに普及に努めている市販絵本の点訳版。20年ほど前、「見えない」お母さん岩田さんが、「見える」息子さんにせがまれて、何とか息子が読んでほしいというその「同じ絵本を読みたい」という願いから作られてきた。
一般に市販されている絵本の文章を、塩化ビニール製の透明なシールに点訳し、原本の活字部分に貼付。また、同じシートで絵を形づくって貼り込んだり、説明文を書き添えたりしてある。
 
Ex)『しろいうさぎとくろいうさぎ』(つくば市立図書館 所蔵)
・主な登場人物のしろいうさぎとくろいうさぎが、ページのどこにいるか分かるように、二匹の絵の上に、「しろい うさぎ」「くろい うさぎ」と打たれた点字がそれぞれ貼り付けられている。→これによって、2匹の大体の位置関係は認識できる。しかし、2匹がどのような大きさで描かれているか、どのようなポーズをしているのか、どのような表情をしているのか、などの情報は分からない。
・2匹以外の動物などは、画面上では無視されてしまう。
 
表紙は字の上にシートを貼らず、中心に点字で欄をつくりその中に点訳してある。題名はさらに欄で囲まれている。また、裏表紙にかいてある「世界傑作絵本シリーズ・アメリカの絵本」というのが表紙に点訳されている。
1)
しろいうさぎが画面左下にいて、くろいうさぎが右上にいることは理解できる。
ただ、これだけでは、文章のなかの、「ひなぎくや きんぽうげのさいている のはらで、かくれんぼ」を表現しているのか、
「どんぐりさがし」を表現しているのかは分からない。
 
 
 
)
2匹以外のうさぎや他の動物に関する情報が絵からはいっさい読み取れない。
 
また、点字がしろいうさぎと、くろいうさぎの絵からおおきくはみ出ているため、2匹の描かれている大きさがまったく理解できない。
 
 
 
Ex)『スイミー』(つくば市立図書館 所蔵)
  ・スイミーのみ、点訳に使われているのと同じ、塩化ビニール製の透明なシートで絵を形づくって貼り込んである。そして、目の部分に点がうたれている。スイミーの絵のすぐ下に、「すいみー」と点字がうたれたシートが張られているため、その魚はスイミーだ、と認識することができる。
1)
スイミーの位置と、スイミーの向いている方向は分かるが、まぐろの形が全く分からないため、まぐろの大きさ、「おそろし」さ、を実感できない。
 
また、「ちいさな あかい さかなたち」に関する情報が絵からはいっさい読み取れない。
2)
この絵本で一番大切な場面だが、「ちいさな あかい さかなたち」に関する情報が絵からはいっさい読み取れないため、「みんなが 一ひきの おおきな さかなみたい」になっている様子を、認識することができない。
 
 
 
長所; すでに出版されている絵本も読むことができる。
公共図書館でも手にすることができる。
視覚障害のある人とない人が、一緒に楽しめるように工夫されている。
短所; 文章は理解できるが、絵を認識しづらい。
 
(2)布の絵本
布で物語のモティーフを作成したもの。マジックテープで取り外しができるようにしたものもある。昔から、子どもに視覚障害がある、なしに関わらず、主に母親の創意工夫で手作りされてきた。
ふきのとう文庫はこうした絵本を母親以外で作り始めた先駆的な団体。家庭配本、布の絵本製作セットの販売など。
また、東京布の絵本連絡会は現在50近いグループのネットワークを持っている。
 
長所; 布の柔らかいテクスチャーで、視覚障害児や小さい子どもも安心して楽しめる。
     視覚障害のある子どもも、ない子どもも楽しめる。
     また、手先が不自由な子どもや、知的障害の子ども達も楽しむことができる。
     形を認識しやすい。
短所; 文字を表すことが難しい。
すでに出版されている絵本をそのまま表現するのが困難。
     1枚でも厚みがあるため、ページ数の多い絵本を作りづらい。また、かさばってしまう。
     作るのに手間がかかる。
 
(3)触れる市販絵本
描かれている絵に近い色と手ざわりの材料(触素材)を使って、絵を形作り、厚紙にはりつけたもの。文章は点字と普通の文字で書かれている。視覚障害児を対象に作られていることが多い。
また、匂いのついたものなどもある。
特定非営利活動法人ユニバーサルデザイン絵本センターが作成・販売している絵本など。
Ex)『ユニバーサルデザイン4 チョウチョウのおやこ』
 
発行/2002年5月5日 第1刷
作者/金子 健(独立法人国立特殊教育総合研究所)
監修/特定非営利活動法人ユニバーサルデザイン絵本センター
発行所/特定非営利活動法人ユニバーサルデザイン絵本センター 代表理事 安部 昇
印刷/田中産業株式会社(オフセット印刷・点字印刷)
製本/浦和手をつなぐ授産所・浦和手をつなぐ第三作業所 社会福祉法人 家庭授産奨励会西麻布作業所
製本方法 特許出願中 出願番号:2002-13239
価格:本体600円(税込)
 
Ex)『ユニバーサルデザイン絵本2 でこぼこ えかきうた』
 
発行/2002年08月02日 第1刷
2004年03月30日 第2刷
作者/小林映子(Macこば)
監修/大内 進(国立特殊教育総合研究所盲教育研究室室長)
高橋玲子(点字・凸の印刷サポート)
福本正幸(バリアフリーアドバイザー)
発行所/特定非営利活動法人ユニバーサルデザイン絵本センター 代表理事 安部 昇
印刷/田中産業株式会社(オフセット印刷・点字印刷)
製本/浦和手をつなぐ親の会授産所西麻布
作業所 特定非営利活動法人ユニバーサルデザイン絵本センター
製本方法 特許出願中 出願番号:2002-132398
価格:本体600円(税込)
 
長所; 視覚障害のある人とない人が、一緒に楽しめるように工夫されている。
     厚みもなく、布の絵本のようにかさばらない。
短所; 手に入りづらい。
     すでに出版されている絵本をそのまま表現するのが困難。
     その絵が触ってもよく分からず、従って楽しむこともできないという場合がある。
 
(4)点字絵本
パソコンを使って文章を点訳すると共に、絵の部分も点図で表したもの。上記の三種は視覚障害のない人も一緒に楽しむことができるが、この点字絵本は無地の紙に点字や点図が印刷されているだけのため、視覚障害児だけを対象にしているといえる。
 
Ex1)
これは絵本ではないが、顕微鏡でのぞいた図を、点図におこしたもの。真っ白である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
長所; 厚みもなく、布の絵本のようにかさばらない。
     絵を細かく表現することが可能。
短所; 手に入りづらい。
     視覚障害のある人とない人が、一緒に楽しむことができない。→ユニバーサルデザインとはなりえない。
 
3.一般化するための提案
私がポイントとして考えたのは、以下の5点である。
1) すでに出版されている絵本も、ユニバーサルデザイン化し、視覚障害児も同じ本が読めるようにすること。
2) 視覚に障害がない子どもが認識できる絵の範囲は、視覚障害児も極力 細部まで認識できること。
3) あまり厚みが出ず、持ち運びや所蔵に便利なもの。
4) 弱視の人のために、使う色を認識しやすいものとすること。
5) 文章を表すのは、点字が一番よい。
 
以上の条件を満たすためには、触れる絵本をさらに発展させたものがよいのではないか、と思った。
例えば、さらなる紙の加工表現の工夫。下に載せるのは、デザイン雑誌での印刷会社の広告欄である。一目見ただけではわからないし、紙もそれほど厚くないのだが、触ると面白いテクスチャーを感じる。
また、ニワトリの部分や牛の部分、そして人がかぶっている帽子をみてもわかるように、かなり細かい範囲に、これらの加工をほどこすことができる。絵に合った触り心地の加工を施せば、視覚障害児の絵の認識力も上がるのではないだろうか。
また、てんやく絵本のように、主な登場人物にのみ、形が分かるようにするのではなく、全体に加工を施したうえで、主な登場人物がどこにいるのか、分かる工夫をするべきだと思う。『スイミー』のように、似たような形がたくさん出てくる場合、スイミーの横に「すいみー」と点字をうつ必要もでてくるであろう。
『デザインの現場』03年10月号
 
 
4.まとめ
バリアフリーデザインというのは、バリア(壁)がある、と認めた上でそれを取り除くためにデザインされたものである。私が考える、これから必要となってくる絵本の形は、バリアフリーの絵本ではなく、ユニバーサルデザインの絵本である。視覚障害児にとって面白い絵本というのは、好奇心旺盛な同世代の視覚に障害のない子どもも楽しめる絵本であるに違いないからである。
今回取り上げた、実際にある視覚障害児向けの絵本は、どれも一長一短があった。それぞれの長所を生かして一つにまとめ、そして新しい紙の加工技術を開発するなどして、よりよい触素材を利用することにより、ユニバーサル絵本が一般化し、それが市場での絵本のメインとなる日がくることを願う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
引用文献;
ガース・ウイリアムズ まつおかきょうこ 訳『しろいうさぎとくろいうさぎ』 福音館書店 1965年
レオ=レオニ 谷川俊太郎 訳  『スイミー ちいさな かしこい さかなの はなし』 好学社
1969年
○ 金子健 『ユニバーサルデザイン4 チョウチョウのおやこ』 特定非営利活動法人ユニバーサルデザイン絵本センター  2002年
○ 小林映子(Macこば) 『ユニバーサルデザイン絵本2 でこぼこ えかきうた』  特定非営利活動法人ユニバーサルデザイン絵本センター  2002年
 
参考文献;
中川素子/ 今井良朗/ 笹本純 『絵本の視覚表現――そのひろがりとはたらき』 日本エディタースクール出版部 2001年
中塚裕美子『凸凹えほん日記』 IMS出版 2001年
社会福祉法人 日本点字図書館 『はじめて点字を読むあなたへ』 エンパワメント研究所   1996年
http://www.ud-ehon.net/ud_ehon.htm ユニバーサル絵本センター(2005年3月1日 取得)
http://www.nise.go.jp/kenshuka/josa/kankobutsu/pub_f/F-104/EHON/ 
独立行政法人 国立特殊教育総合研究所(2005年3月1日 取得)