和田と森田のやりとりの続きであるが、まず、(1)和田が岩波B5判便せん3枚で第3回配本の『明暗』について書簡で問い合わせ、森田がその中へ添え書きを入れたもの。
森田先生
和田勇
速達便正に拝受いたしました。
明暗此処のルビの振り方については、その後 一三九=一〇、一四〇=二 に彼奴(ルビ: あいつ)といふ形が出て居ります。私の考へといたしましては漱石文法の精神から此方(こつち)、彼方(あつち)と同じ様に取扱つてよくはないかと思はれも致しますので進行上最后の御決定を待たずに彼奴(あいつ)の形にきめてしまひましたから左様御承知願ひたく存じます。
新しい疑問左記の通り。
(注:以下、和田が森田へ書簡形式で○印を付けた4件の問い合わせを行い、森田がその各々の間へ「回答」を入れている。)
○一七二=一四 (簡單な質問を次から次へと三(ルビ:みつ)つ四(ルビ:よ)つ掛けて、…)
原本には此処にルビなきためわからず。四つは特に四(ルビ:よつ)つとされずに四(ルビ:よ)つとされたものと思ひますが念の爲めに御伺ひいたします。
(筆者注:和田の使う原本とは、森田も質問して確認しているが、(自筆)原稿のこと。)
森田の鉛筆書き回答:「みつつ よつつ」とお願ひします。関西でも「みつ よつ」とは云ひますが「みつつ よつ」とは云ひません。(新全集は森田に従う)
○一一八=二(涙をぼた …)
原本(ぽたぽた)
之は何かによりて直されたもので御座いませうか。
一般にかかる点では全々原本によつてよろしいので御座いますか。
森田:勿論「ぽたぽたがいゝと思ひますが、(追加:あまり甚だしいので疑念を生じます)原稿以外、作者の最后の意志と見らるべき。新聞の切抜に作者自ら訂正を加へたものが、早稲にあります。(私が使つたから必ずあります。それを参照して下さい。(新全集は「ぼた」 )
○一一六=四 「笑(わら)かせやがるな。…」(注: この箇所、正誤表になし」)
原本「笑(わら)かせやがるな。…」とありては(○は)に朱線あり。漱石文法には (笑はかす、)(笑かす)両方御座いますがこゝは何によつて○はをとられしものにや。原本の朱線がそれを意味して居るので御座いませうか。
森田:前同斷。切抜の訂正したものを参考して下さい。必ずあります。
○正字使用につき 例へば 疎通 は 蔬(草冠なし)通 に直す程度は分りますが、空疎は特に疎を用ゐ、空蔬としないといふ様な御方針が或る字についてはありはしないかと存じます。
(月並は分かつて居ります) 他の例にはまだぶつかつて居りませんが空疎の場合は如何いたしますか。
森田:空疎にお願ひします。
切抜帳は是非しらべてお取寄せ下さい。岩波にやらせて下さい。必ず!
(なお、便せんの上に、「森田草平とあつたため、新米の配達が今朝ようやく持つて来ました。以降草平に願います。」とある)
次に(2)と(3)。森田が、「10 20 相馬屋製」(10行20字のB5原稿用紙)で別の回の『明暗』についての和田の問い合わせに「回答」したもの、同原稿用紙の2枚と1枚の2回。
(2)の2枚。
拝復
○おてつだひは、おてつだひにして下さい。(注:共に同じおてつだひ)先生が書いたからと云つて間違ひはありませう。
○候(ルビ:さふらふ)は 候(そろ)に全部いたしてよろしからん。私も気が附かずに返しましたが、正誤表にさうなつてゐましたら、私はそれを肯定します。
○壺 (注: 亜の字体)と 壺 とですか。
これは下の方が正字でないですか。全集には壺を使つたつもりですが。
○あたかもは、明暗は、最初の本になつた時(岩波発行)から私が校正したので、私の癖が出てゐるのかと思ひます。
あたかも に構はずして下さい。
(3)の1枚
拝復、「明暗」は折角原稿があるのですから、どうか原稿は校正中お手許に置いてください。いつか返されたのですか。
其奴は、「そいつ」が「そやつ」の音便だとすれば「其奴」(そ いつ)とした方がよからうと存じますが、御高見如何。でならば、「其奴」(そい つ )ですが、私の今の考へでは前者を取りたい。
曝露は勿論正字に従はれんことを希望します。曝はこの前私の不注意で入つたものと認めます。
和田様
草平
(連載第6回へ続く)