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第三次全集においての配本順は、
第3回 『明暗』第7巻
第4回 『猫』第1巻
第5回 『坊っちやん』を含む『短篇小説集』第2巻

であったが、次に示す和田から安倍能成への『猫』に関する問い合わせ書簡は、日付がないが、時期的に前回の森田への問い合わせと重なっているようである。

和田から安倍への書簡は、

連載第5回の冒頭(1)で示した岩波のB5判便せん4枚に書かれており、それへ、和田が×印を付けた森田からの回答(これまでと同じ原稿用紙 10 20 相馬屋製2枚)、が添付されている。


安倍先生
目下校正中の「猫」につき御帰京匆々で甚だ失礼乍ら早速御教示を仰ぎ度く存じます。

●壷 此時は 壺 と同字にて共に正字。従来(十、十一、七巻)壷が使用してありましたので三秀(注: 第三次の印刷所、三秀舎)に活字なきため不体裁な木版を使用して參りましたが、「猫」になつて壺が沢山ありますので此字なら活字があると思はれますから、もし各巻を通して統一する必要がなければ今后 壺にしたいと存じます。如何御座いますか。

安倍: 同意

●整 も在来の活字は 整(束の口がエンガマエ) で明かに誤字でありますが、整 活字なきため之も不体裁な木版を使用して參りました。然るに「猫」二三=二には整が使つてあります。此字は 整 と同字で共に正字。あまり見慣れぬからどうかとは思ひますが(そして康煕字典には見當りません)之なら活字があります。之も御考へを伺ひたいと存じます。

安倍: 下線の整に、コレニテヨシ、と記す。

●姉 從来は皆 姊。「猫」は姉になつて居りますが とすべきや 或は又 とすべきや。 若し又 姉 ? 両方混合して居た場合には原稿通りその場所場所々々により両字共存にいたすべきや。

安倍: 何レモ正字ナラバドチラニテモヨシ、 一方ノミガ正字ナラ一方ニ統一サレタシ

●煮 煮(者の下に 火)も同様の意味で御意見伺ひたし。(從来は 煮(者に 火)、猫は今迄のところ 煮)

安倍:猫は格好統一サレタリシテオル。小生ハ煮(者に 火)ニ統一シテヨシト思フ

●五=一三 猫が來た(全角2つ分の「く」の繰返記号)。
二〇=一〇 教師が厭だ(全角2つ分の長い「く」型の繰返記号)。
右は漱石文法に反する反復府の使ひ方也。(「猫が來た 猫が來た」か「猫が來た來た」か不明) 教師が厭だ(全角2つ分の「く」の繰返記号)は大倉書店の初版で偶々二行にわたれるため「厭だ厭だ」だとわかりました。
右そのままにすべきや、文法に從ひて直すべきや。

安倍:ソノママ 文法に從フコトハ極メテ理由ノ通ル時ニノミ致シタシ

(注:安倍の見解は的確。なお、全角2つ分の長い「く」は、初出『ホトゝギス』でも初版でも使われている。「文法」はいわゆる「漱石文法」のこと)

●「居る」は殆んど「居(ゐ)る」とルビがふつてありますが、九=一 には「居(を)る」とルビがついて居ります。
又六=八 「居(ゐ)らるゝ」も少しをかしくはないかと思ひます。

安倍:ココノ居(を)る は居(を)るにてよき様に思ひます
私ニハ居らるゝ でもさうおかしくは感じません。江戸ツ子ハさういはないと左様なことたしかならば 連續居(を)らる ゝ にされたし。


●一八=一二  ニコラス・ニックルビー の ッ。  一九=二  セオファー の ァ
全集初版は6号活字になって居りますが、從来斯様な用法なく、此巻でもウエブスター(二一八=六)の エ、 ハーキユリス(二四五)の ユ、インスピレーシヨン(二七七=六)の ヨ 、 リチヤード・ラツセル(二八四=八)の ヤ ツ 等皆五号活字なり。全部五号にするのが全集の方法だと存じますが如何に御座いますか。

安倍: 全部五号ニシテヨカロウ

●二八四=一二  築地(つきぢ)は正誤表によれば 築地(ついぢ)と直すべきですか。
森田氏に伺ひましたところ別紙×印以下の如き御返事を頂きました。
それについて当方ではいまだ今度の手を選んで居りませんが 先生の御考へは如何ですか 御伺ひいたしたいと存じます。

安倍: コレハ正誤の会ノ時には つい地 ときまつたと思ひます。私は ついぢ 派です。

●二二=五  竪、  二二=六  縱  は大倉書店の初版では両方とも 竪。

安倍: コノ辺原稿ニヨリテキメル外ナシ。ナクバソノママニシテヨシ

●八=三  甘くない、 八=五  旨くかねない は大倉書店では両方とも 甘く。(但し此方は全集初版の時品詞で区別されたものかとも存じます)。

安倍: コレハ テキスト を見ての外に方法なし。貴見に從はれたし

●二三=八  猫々 は 明暗 一八九=九 の 猿猿 と同様な場合と思ひます。 猫猫 とすべきがいゝと存じますが 如何いたしますか。
(但し大倉書店は 猫々)。

安倍: 明暗の先生の原稿に猿猿となつて居るなら これも猫猫として下さい。漱石文法によつたこの方法にされたし


●二五=一四  高利貸(がし)。辞林にも「がし」とあり、又よくさういふ人もありますが一般には「かし」だらうと存じます。意識的に「がし」とルビをふられたならよきも、「かし」の誤植ではないかと思ひ一寸御伺ひします。

安倍: 私も「かし」に賛成します。一体森田のルビには ゛(ニゴリ)が多い分御注意を願ひます。

(注: 第一次全集では森田草平が編集・校訂の中心であったが、その方針への批判が、小宮たち漱石門弟からだけでなく、岩波の内部にも強かったことが、ここの安倍や和田の言葉から察せられる。)

●一九=三 女(ぢよ)主人公 は 此ままでよろしきや

(注: 和田自身が取り消している)

●三七=三 及び 九  巴理  理 は「日記」では 原 がついて居りました。

安倍: 私はこのままでよいと思ひます


(和田が安倍への書簡に×印を付けて添付した森田の回答は次回、第7回に掲載する。)