連載第9回に続く、和田から小宮への『虞美人艸』についての質問。赤インキペン。
和田は、「既に校了の分」の5箇所を表にして示した後、次のような質問を投げかける。
「虞美人艸」此前御伺ひしました 一=八(搖ぐ)原 ルビナシ。〔初○ 全○ 搖(ゆる)ぐ〕 は 「ゆるぐ」と御採決下さいましたが、他の例で見ますと、 六=四 には「右に搖(うご)かう」(原 ルビ)、その他にも「搖(うご)いた」といふのがあります。御再考を願います
小宮: 是処は「ゆるぐ」の方がよろしいのです。先生はゆるぐといふ言葉をよくつかつてゐます。勿論全集でうごくともつかはれてはゐます。
和田:
二〇〇=二 一九二=三 でつて(原)、 だつて 初○ 全○ 切○
右はだ行の假名の間違ひと御認めになりますか。或は先生が故意に で○ を書かれたと御思ひになりますか。 で○ と字にあらはすのはかなり思ひ切つた書き方ではありますが、そして他に「だつて」が沢山用ひられて居ますから私も假名の間違ひだろうとは思ひますが、先生がこんな風に特に書かれたのかも知れないといふ氣が一寸いたしましたので一応御伺ひいたします。
小宮:是は だ〈だに三角マーク〉つて の書き違ひと認めて可いと思ひます。
和田:
先生のルビには時々 「眩(まゞ)ゆい」とあります。之は如何に考へられますか。私は、 バ の発音は 唇の工合からいつて マ の濁と見る見解があつて 先生がかう書かれたのではないかとも思ひました。
(事実 五十音中 ダ行 ガ行 が夫々 タ行 カ行 の濁であることはその発音の仕方が同じですが、 バ行 丈は妙だと思ひます。)
小宮: 是も ば のかき違ひと認めて可いと思ひます。
和田は、このあと、『虞美人艸』の3箇所の読みを問い合わせてから、『道草』について少々質問している。
道草
二四八=一一 切抜○ 境(きやう)に誘(さそ)つた
三四九=六 々 帽子を持つて ナシ
(夏目先生が大型に手を入れられたものでなきか?)
〈注: 和田は、大型を 「初版本」の意味で使っている。後の決定版の「編集日記」においては、「大型」は、大正13年版のことである。〉
道草は初版によつて校正をして居りますが「入つて」のルビが 初○ では此は「はひつて」になつて居ります。先生の心原稿でも 此ルビは全部「はいつて」になつて居ります。そして 心大型のルビも 道草 同様「はひつて」に直してあります。道草は如何にいたすべきや。
小宮: 原稿がないのだから、とにかく正しい假名づかひに從つて下さい。
和田、再び、『虞美人艸』へ返る。
虞美人艸
四七四、 第三、四、五行 は 初○ 切○ にナシ。但し 切抜 は 第二行「……話して置くから」で欄代り になつて居りますから、切すてられたものではないかと思ひます。原稿にはありますのですから、全集通り入れるべきと思ひますが一応御伺いいたします。
(注: 切抜、つまり新聞初出では、「切すてられた」のではなく、元々印刷時に、この3行が脱落していた。)
小宮: 是はどうか入れて下さい。
以下、小宮の×印を付けた2段落の文が続いて、『虞美人艸』の項は終わる。
× 「道草」の原稿は昨日森田(の)氏の知合で美土路の友人に會つて、一体どうしたんだと聞いてくれるやうに頼んで置きました。何か我々に対して氣性を害してゐるために貸してくれないのか夫とも何處か借り出す事の困難な處へ原稿が行つているのか、ともかくも今迄よりはもう少しはつきりした事が一両日中にははつきりする事と思ひます。
×印 「境に誘つた」 及び 「帽子を持つて」 の問題は原稿の來るまではとにかく「全集」のままにして置いて下さつても可いと思ひます。
大型で訂正したのではないかといふ御提議ですが、先生が初版大型の單行本に手を入れるといふ事はほとんどない事だから、夫は一寸考へられない。夫に早稲田のうちにたしか初版大型の單行本があつた筈だから、治さんに是非電話をかけて貰つて、もし奥さんでわかるやうだつたら、貸して貰つて見たらどうかと思ひます。全集の折につかつたのは此の本だつたやうです。
(連載第11回へ続く)