この回では、これまで言及してきた3段階にわたる文書(1)(2)(3)のうち、最初期バージョン(1)について詳述する。すでに概要を記してあるが、
「岩波特製」200字詰原稿用紙22枚からなる「水谷氏口述の筆記 九、二十、 於小石川宅」なる文書。これは文字通り、水谷氏の口述を直に聞きながら書き取ったと思われる読みにくい断片に近いもの。これを入れた封筒には「重要」と朱書されているが、この方面の最初期の貴重な資料といえる。実際に誰が何時、これを聞き取り、書き取ったのかは明白ではない。
全22枚は、1-14の番号が付された14枚、これを(1)aと呼ぶ、と残りの8枚、これを(1)bと呼ぶ、に分けられる。このうち(1)bには1枚だけ数字の1が付されていて、最後の1枚には当時の店員であった「植村」の印がある。似た筆跡ながら同一人になるかどうかは断定できない。双方には重なった記述もある。その関係は、(2)の作製に際して、(1)aの方がベースとなって、(1)bの分がそこへ挿入されたということ。その重要度は変わりない。
まず(1)aの方から、判読困難な箇所も少なくないが、1枚ごと、行ごとに、可能なかぎり文字化してみたい。(1)bの方は、次回に掲載する。
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(朱で追加:夏目先生)玄關二畳か三畳に住む(朱で追加:遲刻のためいづれの家の二畳なるや不明)
目が惡くしけつまく 駿河台井上へ通ふ
罨法(注: あんぽう)をやり乍ら話す。
盬原へゆく 明治元年
夏目へ復籍、 夏目女中お松(先代
母奥) 姉にお咲早稲田町建具商へ
伊豆橋。現今盬原の戸主は
和三郎
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(2行欄外)
夏目先生の父は凄くドーラク
大助も ドーラク
町(まち)かがみをみれば盬原のこと判る
母の家は女郎屋也 先生の父は妻の
實家へいつて女郎置、不和、
(金ちやんは知るまい)父が質屋と云
ひきかせたのであらう
和三郎氏は盬原のこと知らん
筈なし。
和三郎可もかなし 非もなし
水谷氏と和三郎氏と 親友 和三郎
氏は内場(女性的)大助氣強い人
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榮之助氏は(才子) 大助柳橋
の芸妓とよい仲、 福田が誘へる
(伊豆橋) 大助東京フへ出て飜
譯して父の二倍月俸 柳橋へゆ
かねば金の助等の義理がたちたる
もの也 柳橋へゆきたり 放蕩をなしたる
和三郎のみ 結婚。 和三郎の妻は
イケミノと云ふ貸席 山口大鐵頭領の三男
養子のタネ それの二女か三女が
和三郎氏の処へ嫁す。小一郎を生む
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女の子菊枝いゝ子である、現在の
妻の前の妻(即ち先妻) 小一郎は
後妻、先妻は
(夏目の2字削除) 和三郎妻は姦通の評あり
てリ別す、お松の橋渡しで
和三郎の後妻を持つ
(先妻の2字削除) 死別 説はうそ也
たしかに 姦通の評判をきゝてリベツ
す。
小一郎菊枝の母 山口寅三郎の子で
(欄外)馬丁和三郎の後妻と
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和三郎の先妻を先生は非常に同情す
(他人づれを等したからか)
(中村)(男とは勝手なものとよく存 )(この行は削除)
和三郎の先妻は奉公してゐた方らしい。
家を外にするも近所に後妻となる人が
ありし故 (欄外追加: 即ち小一郎菊枝の母女郎屋の娘) 也。即ちお松が手引きで恋々
たる状態になる
金之助氏(この行削除)
(追加: 和三郎氏の) 先妻の親や代書してゐた和三郎へ
入嫁前一ぺん嫁入したる事朋友
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が曝く きらつたことはたしかだ 和三郎
氏先妻の命日を知らさず
たしかに和三郎の先妻は離別後
死んだのだ(水谷氏の説)
和三郎氏は公然と事實は話さず ために
夏目先生も事實を知らず (追加: 結婚中) 死せるかこ
とく思ふが内実は水谷氏の説の通
り也。先妻は十人並のきりようです
後妻は別品です 艶ぽい人です(後妻の後に、年は五十位也。途中の、六十才也を削除)
(欄外)
和三郎氏はふけてゐる
後妻は五十二才位也現在
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和三郎氏は金の助氏より八ツ上也
夏目先生 KO三年生
金の助の上に年子(トシゴ)あり 和三郎は
六人兄弟 KO二年は六才也
大助 辰年 栄の助 馬 和三郎 羊
久の助 金の助
昔時の友朋つきあひをほめる 市長さん
名主の (削除: 子は) 家には猥らん遊びゆけず
階級制度やかまし
欄外メモ
旗本 奥様
地主
御新造
借家人はその名を呼び
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養父(盬原)が女郎屋の留守番してゐる時いつ
を記憶あり。 ホーソー
帆かけ橋
伊豆橋の親類ならん、
伊勢重は夏の遠えん
高田は 夫婦 死し
福田も夫婦死す
お久が金之助に無心する
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女に関して脅はく勸念を抱く
高田(この2字削除)
(欄外)市長さん曰く
風呂に入るとブンなぐりたい神經が
狂つてゐる
奥様曰くよそから電話がくると
大聲でどこからかつたと云ふ
奥さん日光館林方面へ市長さんに
連れ出して貰ふ
大學出て法藏院(それから菅)
菅が我慢する夏目は我慢できず
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菅氏世帯を持ちて後管氏へ
假寓す
大學出て待合の女将に惚れら
れる
芝(注:?)高等ギ塾 窓の下に女あり
山川新次郎よく知れり (注: 正しくは、新でなく信。連載第3回、(3)の34参照)
待合のおかみ 惚れた (口説いた)
おかみがか業 止めてよし 濱
町の近ぺん
湯河原で女のため字を書し
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濱町のトヨダの婆さんよく知れる
小宮氏(この行削除)
(先生時代の話に非ず松山へゆく前)
法藏院へゆく 尼がきらひ
菅の離れにゆく、
奥さん熊本時代 奥様と自身との
かうだん 紐をつけてねるヒステリー
川へ飛ひ込む
結婚したて話合ひ、 俺の処にこない
なら(巡礼して歩くと)結婚當座
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細かなり
勉強家、學校から歸れば書斎に
いる (欄外: 奥様は遂に)べたべたせず神經衰弱と
なる 夏目先生神經衰弱 きよう
はく勸念から 時々變だ 山川がよく
知る、(欄外: 洋行中)女に全々關係なし
法藏院でも菅の処でも女が追つ
かけてきて困るとの勸念あり
市長さん 丗五年の春 (削除:でかける) 洋行
神經過敏に動く人は衰弱になるは
あたり前也 是の説 ずつと前から
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(欄外上)水谷氏曰く
(欄外右:金の助氏)
性質は馬鹿の樣で圖太い 口を聞いても
返事もなし 下等な奴だなと思ふ
事あり 中學時代 竹橋で
あふ ボロ袴、 人の問に應せず
(うすばかでがんこらしい処あり) 滿足の
返事なし
(欄外:狩野氏説)
表情は足りぬ。 純一氏によくにている
江副氏(欄外:江副の当主の弟) 江副の当主は震災でだめ
夏目の娘の嫁した方は次男でよし
(欄外)
長男 バカ 年ゴ
14/14
金の助兄弟 仲よし